~引き算の美学~

こんにちは。
クリニックの正面に設置されるステンドグラスも、少しずつ形になってきました。
光が差し込むたびに、そこに心安らぐ風景が広がる――そんな情景が目に浮かびます。

今回は、その「芸術」にちなんだお話を交えて、前回のコラムで触れたポリファーマシー(多剤併用)について、もう少し掘り下げてみたいと思います。

まずご紹介したいのが、印象派の画家ピエール=オーギュスト・ルノワールです。下の絵画は代表作の”二人の姉妹”です。

彼は、温かみのある色彩と色の重なりによって、人物や光、空気までも豊かに描き出しました。彼の作品には「加えることで豊かさが生まれる」という“足し算の美学”が息づいています。

医療の現場でも、必要なものを適切に加えることが、患者さんの生活の質を支える大切な手段になることがあります。
たとえば、血圧が高い方には血圧を下げる薬を、便秘でこまっている方には腸を動かす薬を加える――そうした「適切な足し算」が、安心や快適さをもたらすのです。

 

一方で、医療にはもうひとつの大切な美学があります。
それが、「引き算の美学」です。これは、室町時代に山口の地で活躍した水墨画の巨匠・雪舟の芸術に通じます。下の水墨画は代表作の”天橋立図”です。


彼の作品の特徴は、最小限の筆づかいと大胆な余白によって、風景や感情を「描かないことで表現する」技法――まさに、この美学です。

医療においても、薬を見直すという行為はこの引き算の美学と重なります。あえて薬を減らすことで、予期しにくい薬の副作用を減らし必要最小限の薬で「ちょうどよい健康」を保つ――それが、医療における“引き算の美学”なのです。

薬を減らすというと、「治療をやめる」ような印象を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。でも実際は、「この人にとって本当に必要な薬だけを残す」という、前向きで慎重な判断なのです。大切なのは、ただ足すか、ただ減らすかではありません。その方にとって、「いま、何が必要か」を丁寧に見極めること――それが私たち医療者の大切な役割です。

私は、特に老年病医療の本質は「ちょうどよさ」にあると考えています。薬を加えることで安心できることもあれば、引くことで元気を取り戻せることもある。
ルノワールの彩りと雪舟の余白――そのどちらも尊く、必要な場面で生きるものです。

これからも、あなたにとって最もふさわしい治療のかたちを、一緒に見つけていきましょう。次回のコラムでは具体例を交えて、さらに掘り下げていきます。

医療法人英知会「原田内科胃腸科医院」
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